17. 境界値問題(微分方程式)
2階同次線形微分方程式の境界値問題を考える。初期値問題は、独立変数\(t\)のある1点における未知関数\(x(t)\)の値と導関数\(x'(t)\)の値を与えて、微分方程式の解を求める問題である。これに対して、境界値問題とは、微分方程式とそれに付随する境界条件を満たす解を求める問題のことで、相異なる2点における\(x(t)\)と\(x'(t)\)との関係を指定し、それを満たすような微分方程式の解を求める問題である。例えば、初期値問題は、振り子の初期の位置と速度を指定したときの運動を求めることであり、境界値問題は、弦の両端が固定されたときの振動モードを求めることである。
微分方程式の非自明な解は一般には存在しないので、微分方程式にパラメータ\(\lambda\)を含ませ、\(\lambda\)がどのような値のときに解があるかを調べる。この\(\lambda\)の値を固有値という。固有値\(\lambda = \lambda_n\)を指定したときの解を\(\lambda_n\)に属する固有関数という。固有値と固有関数を求めることが境界値問題の中心課題となる。
固有値問題
固有値問題は、数学、物理学、工学、情報科学など、非常に広範囲の分野に現れる。固有値と固有ベクトルは、行列や線形変換の特性を理解するための重要なツールであり、様々な現象の解析やモデル化に役立つ。以下に例を示す。
・振動・波動:振動現象や波動現象(弦の振動、音波、電磁波など)の解析において、固有値は振動数や固有振動モード、固有ベクトルは振動の形状を表す。
・構造力学: 構造物の振動解析や安定性解析において、固有値は固有振動数、固有ベクトルは振動モードを表す。
・電気回路:電気回路の解析において、固有値は回路の共振周波数、固有ベクトルは共振モードを表す。
・制御工学:制御システムの安定性解析や設計において、固有値はシステムの安定性判別の指標となる。
・画像処理:画像の圧縮や認識において、固有値分解が用いられる。画像の主要な成分を抽出することで、データ量の削減、ノイズ除去をする。
自己随伴微分方程式
2階同次線形微分方程式は、一般に式(1)で表せる。$$\left\{p_0(t)\frac{d^2}{dt^2} + p_1(t)\frac{d}{dt} +p_2(t)\right\}x(t) = 0 \;\;\; \cdots (1)$$これに任意関数\(z(t)\)を乗じて、閉区間\([a,b]\)で積分すると式(2)となる。$$\int_a^b z(t)\left\{p_0(t)\frac{d^2}{dt^2} + p_1(t)\frac{d}{dt} +p_2(t)\right\}x(t) dt =0 \;\;\;\cdots (2)$$ $$\int_a^b z(t)p_0(t)\frac{d^2x(t)}{dt^2}dt = \left[z(t)p_0(t)\frac{dx(t)}{dt}\right]_a^b - \int_a^b \frac{dz(t)}{dt}p_0(t)\frac{dx(t)}{dt}dt \\ \int_a^b \frac{dz(t)}{dt}p_0(t)\frac{dx(t)}{dt}dt = \left[\frac{dz(t)}{dt} p_0(t) x(t)\right]_a^b - \int_a^b \frac{d^2z(t)}{dt^2} p_0(t)x(t)dt$$よって、$$\int_a^b z(t)p_0(t)\frac{d^2x(t)}{dt^2}dt = \left[z(t)p_0(t)\frac{dx(t)}{dt} - \frac{dz(t)}{dt}p_0(t)x(t)\right]_a^b +\int_a^b \frac{d^2z(t)}{dt^2} p_0(t)x(t)dt$$となる。次に、$$\int_a^b z(t)p_1(t)\frac{dx(t)}{dt}dt = \left[z(t)p_1(t)x(t)\right]_a^b - \int_a^b \frac{dz(t)}{dt}p_1(t)x(t)dt$$である。以上より、$$\int_a^b z(t)\left\{p_0(t)\frac{d^2}{dt^2} + p_1(t)\frac{d}{dt} +p_2(t)\right\}x(t) dt\\ =\left[z(t)p_0(t)\frac{dx(t)}{dt} - \frac{dz(t)}{dt}p_0(t)x(t) \right]_a^b + \left[z(t)p_1(t)x(t)\right]_a^b \\ + \int_a^b \left\{\frac{d^2z(t)}{dt^2}p_0(t) - \frac{dz(t)}{dt}p_1(t) + z(t)p_2(t)\right\}x(t)dt$$となる。従って、積分の上下限からの寄与で書ける項が落ちると仮定すると、$$\int_a^b z(t)\left\{p_0(t)\frac{d^2}{dt^2} - p_1(t)\frac{d}{dt} +p_2(t)\right\}x(t) dt \\=\int_a^b \left\{\frac{d^2z(t)}{dt^2}p_0(t) - \frac{dz(t)}{dt}p_1(t) + z(t)p_2(t)\right\}x(t)dt = 0$$である。ここで、\(x(t)\)を任意関数と見なおせば、\(z(t)\)に関する微分方程式 式(3)を得る。$$\left\{p_0(t)\frac{d^2}{dt^2} - p_1(t)\frac{d}{dt} + p_2(t)\right\}z(t) = 0 \;\;\; \cdots(3)$$これを式(1)の随伴微分方程式という。随伴微分方程式がもとの微分方程式に一致するとき、その微分方程式を自己随伴微分方程式という。自己随伴微分方程式は、通常、式(4)の形で書かれる。$$\left(\frac{d}{dt}p(t)\frac{d}{dt} + r(t)\right)x(t) = 0 \;\;\; \cdots (4)$$左端の微分演算子は、\(p(t)\)及び\(\frac{dx(t)}{dt}\)に作用する。任意の2階同次線形微分方程式は、適当な積分因子を乗ずると自己随伴微分方程式になる。
・ルジャンドルの微分方程式$$(1-z^2)\frac{d^2x}{dz^2} - 2z\frac{dx}{dz} +\nu(\nu +1)x=0$$は、そのままで式(4)の形に書ける。$$\left(\frac{d}{dz}(1-z^2)\frac{d}{dz} + \nu(\nu+1)\right)x=0$$・ベッセルの微分方程式$$t^2 x''+tx'+(t^2-\nu^2)x=0$$は、積分因子\(1/t\)を乗ずると、$$t x''+x'+ \frac{t^2 - \nu^2}{t} x =0 \\ \left(\frac{d}{dt}t \frac{d}{dt} + t - \frac{\nu^2}{t}\right)x = 0$$と書ける。
・ラゲールの微分方程式$$tx'' +(1-t)x' +\nu x=0$$は、積分因子\(e^{-t}\)を乗ずると、\(e^{−t}tx′′+e^{−t}(1−t)x′+e^{−t}\nu x=0\)であり、$$e^{−t}tx′′+e^{−t}(1−t)x′=\frac{d(e^{−t}tx′)}{dt}$$なので、$$\left(\frac{d}{dt}te^{-t}\frac{d}{dt} + \nu e^{-t}\right)x=0$$と書ける。
自己随伴微分方程式の利点
自己随伴微分方程式は、数学的性質(固有値の実数性、直交性など)や物理的現象(保存則、対称性など)の解析において極めて強力なツールで、複雑な問題を体系的に解くことが可能になる。利点をまとめると、凡そ以下となる。
・固有値が実数である:自己随伴演算子の固有値は実数になる。固有値が実数であることは、エネルギーや周波数のような物理的量が現実的な値を持つことを保証する。
・固有関数が直交性を持つ: 自己随伴演算子の異なる固有値に対応する固有関数は互いに直交する。直交基底を用いて、関数を固有関数の線形結合として展開できる。例えば、フーリエ級数展開や、量子力学における波動関数の展開などに用いられる。
・変分原理との関連:自己随伴微分方程式は、多くの場合、エネルギー最小化や作用の極値を求める変分原理に関連している。
・波動や振動の解析:自己随伴微分方程式は、波動や振動現象をモデル化する際に特に有効である。弦の振動、膜の振動、音波や電磁波の伝搬などの多くの現象で使用される。固有モード解析に適しており、物理現象を理解する基礎となる。
スツルム・リューヴィルの理論
式(4)にパラメータ\(\lambda\)をあらわに書き込んで式(5)とする。$$\left(\frac{d}{dt}p(t)\frac{d}{dt} + q(t) + \lambda w(t)\right)x(t) = 0 \;\;\; \cdots (5)$$ここで、\(p(t) \gt 0\):非負の 重み付き微分演算子の係数関数、\(q(t)\): ポテンシャル関数、\(w(t) \gt 0\): 重み関数、\(\lambda\): 固有値、\(x(t)\): 固有関数、とする。スツルム・リューヴィルの境界値問題では、閉区間\([a,\;b]\)において、\(p(t),\;q(t),\;w(t)\)はいずれも連続な実関数である。また、境界条件は、$$p(a)x'(a)\sin\alpha - x(a)\cos\alpha = 0 \\p(b)x'(b)\sin\beta - x(b)\cos\beta =0 \;\;\; \cdots (6)$$と設定する。\(\alpha,\;\beta\)は定数である。とくに、\(\alpha=0,\;\beta=0\)ならば、境界条件は、\(x(a) = x(b)=0\)である。
スツルム・リューヴィルの理論から、次の結果が得られる。
1.固有値の実数性:スツルム・リューヴィル系の固有値 \(\lambda\)は常に実数である。これは、問題が自己随伴性を持つために保証される。
2.固有関数の直交性:異なる固有値に対応する固有関数 \(x_m(t)\)と\(x_n(t)\)は、重み関数を\(w(t)\)とする式(7)の直交条件を満たす。$$\int_a^b x_m(t) x_n(t) w(t) dt = 0 \quad (\text{if } m \neq n) \;\;\; \cdots(7)$$
3.固有値の無限列:スツルム・リューヴィル系の固有値は無限に存在し、通常増加する。$$\lambda_1 \lt \lambda_2 \lt \lambda_3 \lt \cdots \lt \lambda_n \lt \cdots; \;\;\;\;\; \lim_{n \to \infty} \lambda_n = \infty$$
4.固有関数系の完全性:\(x(t)\)が境界条件 式(6)を満たす連続関数で、すべての\(n\)について、$$\int_a^b w(t)x(t)x_n(t)=0 \;\;\; \cdots (8)$$であるならば、\(x(t)=0\)である。
固有関数の直交性
式(5)より、$$\left(\frac{d}{dt}p(t)\frac{d}{dt} + q(t) + \lambda_n w(t)\right)x_n(t) = 0 \\ \left(\frac{d}{dt}p(t)\frac{d}{dt} + q(t) + \lambda_m w(t)\right)x_m(t) = 0$$である。第1式に\(x_m(t)\)を乗じ、第2式に\(x_n(t)\)を乗じて、両式の差をとると、$$K_{mn}(t) +(\lambda_n - \lambda_m)w(t)x_m(t) x_n(t)=0 \;\;\; \cdots (9)$$となる。ただし、$$K_{mn}(t)=x_m(t)\frac{d}{dt}\left(p(t)x_n'(t)\right) - x_n(t)\frac{d}{dt}\left(p(t) x_m'(t)\right)$$である。これを\(a\)から\(b\)まで積分すると、$$\int_a^b K_{mn}(t) dt = \left(x_m(b)p(b)x_n'(b) - x_n(b)p(b)x_m'(b)\right) - \left(x_m(a)p(a)x_n'(a) - x_n(a)p(a)x_m'(a)\right)$$となるが、\(p(c)x_n'(c)\)と\(p(c)x_m'(c)\)\((c=a,b)\)を境界条件 式(6)を使って消去すると、これは0である。従って、式(9)より、$$(\lambda_n - \lambda_m)\int_a^b w(t)x_m(t) x_n(t) = 0$$となる。\(m \neq n\)のとき、\(\lambda_n - \lambda_m \neq 0\)なので、式(7)を得る。
完全直交系
スツルム・リューヴィル理論では、固有関数が完全直交系を構成することが保証されている。この性質は、以下のように直感的に確認される。
\(m=n\)の場合、式(7)の積分は正定値となる。そこで、$$\int_a^b w(t)[x_n(t)]^2 dt =N_n^2 \;\;\; (N_n \gt 0)$$とおく。\(N_n\)を規格化定数という。また、規格化された固有関数を$$\hat{x}_n(t)=\frac{1}{N_n}x_n(t)$$で定義する。このとき、規格化された直交条件は式(10)となる。$$\int_a^b w(t)\hat{x}_m(t)\hat{x}_n(t)=\delta_{mn} \;\;\; \cdots (10)$$式(10)の右辺はクロネッカーのデルタ関数である。
固有関数系の完全性の式(8)から、境界条件 式(6)を満たす任意の連続関数\(g(t)\)は、形式的に固有関数の級数展開で表せる。$$g(t)=\sum_n c_n \hat{x}_n(t), \;\;\; \cdots (11)\\ c_n =\int_a^b w(u) g(u) \hat{x}_n(u) du$$
クロネッカーのデルタ関数
クロネッカーのデルタ関数は以下の定義である。$$\delta_{mn} =1 \;\;\;(m=n) \\ \delta_{mn}=0 \;\;\;(m \neq n)$$
式(11)の両辺は、パーセバルの等式より、$$\lim_{N \to \infty} \int_a^b w(t) \left|g(t) - \sum_{n=1}^N c_n \hat{x}_n(t) \right|^2 dt = 0$$が成立する。これにより、固有関数が完全性を持つことが確認される。なお、完全性とは、固有関数 \({x_n(t)}\)が関数空間内の任意の関数を近似するための基底として十分であることを指す。
スツルム・リューヴィルの境界値問題の固有関数系は完全直交系をなす。
パーセバルの等式
パーセバルの等式は、信号や関数のエネルギーが、その直交展開の係数(固有関数の展開係数)を使って完全に表現できることを示している。
関数\(f(t)\)を固有関数\(\{x_n(t)\}\)の無限級数展開として書くとする。$$f(t) = \sum_{n=1}^\infty c_n x_n(t)$$係数\(c_n\)は、$$c_n = \frac{\int_a^b w(t)f(t)x_n(t)dt}{\int_a^b w(t) x_n^2(t)dt}$$パーセバルの等式によれば、関数\(f(t)\)のエネルギー(ノルムの2乗)は以下のように表せる。$$\|f\|^2 = \int_a^b w(t)|f(t)|^2 dt = \sum_{n=1}^\infty |c_n|^2 \|x_n\|^2$$ここで、$$\|x_n\|^2 = \int_a^b w(t)x_n^2(t)dt$$である。パーセバルの等式が成り立つことは、以下の2点を保証する。
1.固有関数による全エネルギーの表現:パーセバルの等式では、\(\|f\|^2\)(全エネルギー)が固有関数展開の係数 \(|c_n|^2\)の総和で正確に表される。これにより、固有関数による展開でエネルギーの欠落がないことが示され、固有関数が空間全体を覆う(完全性を持つ)ことを示唆する。
2.エネルギー収束の保証:パーセバルの等式により、部分和(有限個の固有関数で構成された展開)のエネルギーが次第に全体のエネルギー \(\|f\|^2\) に収束することがわかる。$$\|f\|^2 = \sum_{n=1}^N |c_n|^2 \|x_n\|^2 + R_N$$ここで 、\(R_N\) は残差項(未使用の高次成分)に対応する。完全性がある場合、\(R_N \to 0\) となり、固有関数の展開が \(f(t)\)を任意の精度で近似できることを示す。