20. 演算子法(微分演算子)

微分演算子法は、微分方程式の解法や関数の性質を解析するための便利な手法である。この方法では、微分操作を数学的演算子として扱い、代数的な操作を通じて解を求める。微分演算を「変数を乗ずることの拡張概念」として捉えることで、計算の見通しをよくできる。
微分演算子法では、微分を「演算子」として記述する。通常の微分の記号 \frac{d}{dx}​ を次のように表す。D = \frac{d}{dx}このDを用いると、微分方程式や微分操作を代数的な形式で記述できる。
[例1]1階微分
関数 f(x)に対する微分を次のように記述する。D f(x) = \frac{d}{dx}f(x)
[例2]2階微分
2階微分も同様にD^2 f(x) = \frac{d^2}{dx^2}f(x)
[例3]線形微分方程式の解
次のような線形微分方程式を考える。\frac{d^2f(x)}{dx^2} - 3\frac{df(x)}{dx} + 2f(x)= 0これを微分演算子Dを用いて書き換えると(D^2 - 3D + 2)f(x) = 0ここで、演算子 D^2 - 3D + 2は多項式のように扱うことができる。前記の式を代数方程式と見なし、次の特性方程式を解く。r^2 - 3r + 2 = 0解はr = 1r = 2。したがって、対応する微分方程式の一般解はf(x) = C_1 e^{x} + C_2 e^{2x}ここで、C_1​,\;C_2 は任意定数。

nが正の整数のとき、D^nn回微分することであり、また、D^{-1}は積分演算、D^{-1}F(x)\equiv \int F(x)dx \;\;\;\cdots (1)である。不定積分は積分定数を含み不便なので、式(1)を定積分で置き換えることにする。D^{-1}F(x) \equiv \int_0^x F(y)dy \;\;\; \cdots(2)これにより、D^{-n}はたんに式(2)をn回繰り返したn重積分で定義される。

テイラー展開の公式で、xx+aaxとすると、F(x+a) = \sum_{n=0}^\infty \frac{a^n}{n!}F^{(n)}(x) \\= \left(\sum_{n=0}^\infty \frac{a^n D^n}{n!}\right)F(x) \;\;\;\cdots(3)とできる。そうすると、指数関数の展開式より、形式的にF(x+a) = e^{aD}F(x)であることがわかる。すなわち、e^{aD}は、並進x \mapsto x+aを行う演算子といえる。
関数\varphi(z)z=0で正則であれば、式(4)によって、\varphi(D)が形式的に定義される。\varphi(D)F(x) = \sum_{n=0}^\infty \frac{\varphi^{(n)}(0)}{n!}D^n F(x) \;\;\;\cdots(4)

公式

*テイラー展開
f(x)=\sum_{n=0}^\infty \frac{f^{(n)}(a)}{n!}(x-a)^n
*指数関数の展開
e^x = \sum_{n=0}^\infty \frac{x^n}{n!}
*ローラン展開
f(z)=\sum_{n=-\infty}^{+\infty}c_n (z-a)^n

z=0が極である場合も、ローラン展開を使った級数\sum_{n=-N}^\infty c_n D^nによって、\varphi(D)が形式的に定義される。

ヘヴィサイドの演算子法

\varphi (z)を最高次の係数が1のN次多項式とする。F(x)を既知関数、\Phi(x)を未知関数とするとき、定数係数の線形常微分方程式は、\varphi(D)\Phi(x) = F(x) \;\;\; \cdots (5)と書ける。([例3]はF(x)=0とした具体例)

ディラックのデルタ関数を用いるとF(x)=\int_{-\infty}^{\infty} \delta(x-y)F(y)dyと書けるので、\varphi(D)\Phi(x)=\delta(x) \;\;\; \cdots(6)が解ければ、\Phi(x)=\int_{-\infty}^{\infty} \Phi(x-y)F(y)dy \;\;\; \cdots(7) と式(5)の解が求まる。
式(6)は形式的に\Phi(x)=\frac{1}{\varphi(D)} \delta(x)=\frac{D}{\varphi(D)}\theta(x) \;\;\;\cdots (8)と書ける。\theta(x)はステップ関数である。

ディラックのデルタ関数

ディラックのデルタ関数は、\delta(x)=\left\{\begin{array}{ll} \infty & (x=0)\\ 0 &(x \neq 0) \end{array}\right. \\ \int_{-\infty}^{+\infty} \delta(x)dx = 1であり、任意の関数\varphi(x)に対し、\int_{-\infty}^{+\infty} \delta(x-y)\varphi(y)dy=\varphi(x)が成立する。
また、ステップ関数\theta(x)は、\theta(x)=\left\{\begin{array}{ll} 1 & (x \gt 0)\\ 0 &(x \lt 0) \end{array}\right. \\ \frac{d}{dx}\theta(x) =\delta(x)である。

代数方程式\varphi(z)=0N個の解(\varphi(z)が実数系でも一般に解は複素数になる)を\alpha_1,\alpha_2,\cdots,\alpha_Nとすれば、式(9)で表せる。\varphi(D) = (D-\alpha_1)(D-\alpha_2)\cdots(D-\alpha_N)=\prod_{k=1}^N (D-\alpha_k) \;\;\;\cdots(9)よって、式(6)は\Phi(x) = \frac{D}{\prod_{k=1}^N (D-\alpha_k) }\theta(x)となる。重解はないと仮定し、この右辺を部分分数展開すると、\Phi(x) = \sum_{k=1}^N \frac{1}{\varphi'(\alpha_k)}\frac{D}{D-\alpha_k}\theta(x) \;\;\;\cdots(10)となる。従って、\frac{D}{D-\alpha}\theta(x)を計算すればよい。式(2)により、D^{-n}\theta(x)=\frac{x^n}{n!}\theta(x) \;\;\; \cdots(11)なので、形式的に\frac{D}{D-\alpha}\theta(x)=\frac{1}{1-\alpha D^{-1}}\theta(x)=\sum_{n=0}^\infty \alpha^n D^{-n} \theta(x)=\sum_{n=0}^\infty \frac{\alpha^n x^n}{n!}\theta(x)=e^{\alpha x}\theta(x)となる。これを式(9)に代入すると\Phi(x)=\sum_{k=1}^N \frac{e^{\alpha_k x}}{\varphi'(\alpha_k)}\theta(x) \;\;\; \cdots (12)となる。式(11)に応じてx \lt 0のときF(x) = 0、すなわちF(x) \equiv F(x) \theta(x)と仮定する。このとき、式(12)を式(7)に代入でき、\Phi(x) = \int_{-\infty}^{\infty}\sum_{k=1}^N \frac{e^{\alpha_k(x-y)}}{\varphi'(\alpha_k)}\theta(x-y)F(y)\theta(y)dy = \sum_{k=1}^N \frac{1}{\varphi'(\alpha_k)}\int_0^x e^{\alpha_k (x-y)}F(y)dy \;\;\; \cdots(13)と式(5)の解が求まる。これは、初期値が\Phi(0)=\Phi'(0)=\cdots =\Phi^{(N-1)}(0)=0であるような特殊解である。もし、ゼロでない初期値が与えられた場合にはF(x)\varphi(D)(\Phi(x)\theta(x))-(\varphi(D)\Phi(x))\theta(x)を付け加えて、式(13)に代入すればよい。

以上のようにヘヴィサイドの演算子法は、微分演算子を代数的な操作で扱うことで微分方程式を効率的に解くための手法で、この方法は実用的で、多くの問題(特に工学分野)で成功を収めているが、いくつかの問題点や制約もある。
ヘヴィサイド演算子法の問題点
・物理的な解釈の困難さ:微分演算子を代数的な量として扱うため、物理的な意味が分かりにくくなる。特に、複雑なシステムを扱う場合、演算子の組み合わせが複雑になり、物理的な解釈が困難になることがある。
・収束性の問題:ヘヴィサイドの演算子法では、形式的に微分演算子を代数的な量として扱うが、この操作が常に正当化されるわけではない。特に、無限級数や積分を含む場合、収束性が問題となることがある。
※現代では、ヘヴィサイドの演算子法は、ラプラス変換やフーリエ変換といったより厳密な数学的な枠組みで理解される。これらの変換を用いることで、ヘヴィサイドの演算子法の操作を厳密に正当化することができる。

ラプラス変換

※ラプラス変換の工学的実用面はこちらのサイトを参考にしてください。http://www.ctleec.sakura.ne.jp/%e5%9f%ba%e7%a4%8e%e5%88%b6%e5%be%a1%e5%b7%a5%e5%ad%a6/#google_vignette

ヘヴィサイドの演算子法の式(13)の本質はyに関する積分\int_0^x e^{-\alpha y}F(y)dyにある。 ラプラス変換は式(14)で表され、これがヘヴィサイドの演算子法を数学的に裏付けている。\mathcal{L} [F](s)\equiv \int_0^\infty e^{-sx}F(x)dx \;\;\; \cdots (14)F(x)が遠方でのその絶対値の増大度がせいぜいxのべき乗程度の連続関数ならば、式(14)の積分が存在し、Re{s} \gt 0における正則関数を与える。
部分積分により、\mathcal{L}[DF](s) = \int_0^\infty e^{-sx}DF(x)dx = s\mathcal{L}[F](s) -F(0)を得るので、もし、F(0)=0(より正確にはF(-0)=0)ならば、Dはラプラス変換によってsに対応する。もし、F(x) \equiv F(x)\theta(x)ならば、D^nはラプラス変換によってs^nに対応する。よって、一般に\varphi(D)をラプラス変換における\varphi(s)として定義できる。これより、定数係数の線形常微分方程式の解法は、ラプラス変換の逆変換\mathcal{L}^{-1}の計算に帰着する。\mathcal{L}^{-1}ブロムウィッチ積分という複素積分で与えられる。(基礎制御工学逆ラプラス変換を参照してください。)