6. 制御数学基礎Ⅳ
周波数領域での\(H_\infty\)ノルム
虚軸上で二乗可積分な複素ベクトル\(x(j \omega)\)全体に内積を$$\langle x,y \rangle = \frac{1}{2 \pi}\int_{-\infty}^{\infty} x^T(-j \omega) y(j \omega) d\omega$$ ノルムを$$\|x\|_2 = \langle x,x \rangle ^{1/2}$$で定義したヒルベルト空間を\(L_2\)で表す。また、複素開右半面\(\{s \in \mathbb{C} : \text{Re}(s) \gt 0\}\)で解析的で、かつ、\(x(j \omega)\)が\(L_2\)に入るベクトル関数\(x(s)\)全体を\(H_2\)と書きハーデー空間という。
\(x_{+}\)を\(H_2\)空間の関数、\(x_{-}\)を\(H_2\)の直交補空間の関数とする。これらをフーリエ逆変換した時間関数を\(\tilde{x}_+(t)\)と\(\tilde{x}_-(t)\)とすると、時間領域では、$$\tilde{x}_+(t) = 0\;\;(t \lt 0),\quad \tilde{x}_-(t)=0\;(t \gt 0)$$の因果関数と非因果関数となり、直交している。また、$$\langle x_+, x_- \rangle = \int_{-\infty}^{+\infty} {\bar{\tilde{x}_+}^T}(t) \tilde{x}_-(t) dt =0$$が成り立つので、パーセバルの等式から、\(x_+(j\omega),\; x_-(j\omega)\)も直交している。
ヒルベルト空間
ヒルベルト空間は、ユークリッド空間を無限次元に拡張した概念を持つ空間で、無限次元を含む一般化されたベクトル空間である。内積と完備性という特性を持つ。
・内積空間:ヒルベルト空間は、内積が定義されたベクトル空間で、内積により、ベクトル間の「角度」や「ノルム(大きさ)」を定義できる。
ベクトル\(x,y\) に対して内積 \(\langle x, y \rangle\)があり、ノルムは \(\|x\| = \sqrt{\langle x, x \rangle}\) で与えられる。
・完備性:ヒルベルト空間は完備な空間である。完備性とは、簡単に言うと「隙間がない」ということであり、空間内の任意のコーシー列(近づき続けるベクトル列)は、空間内のある点に収束する。
パーセバルの等式
パーセバルの等式は、フーリエ級数やフーリエ変換といった分野で重要な関係式である。フーリエ変換におけるパーセバルの等式は以下である。
関数\(f(t)\) のフーリエ変換を\(F(\omega)\)とする。$$F(\omega) = \int_{-\infty}^{\infty}f(t)e^{-j\omega t} dt$$このとき、パーセバルの等式は$$\int_{-\infty}^{\infty} |f(t)|^2 dt = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} |F(\omega)|^2 d\omega$$とあらわせる。この式は、時間領域でのエネルギー(左辺)と周波数領域でのエネルギー(右辺)が等しいことを意味している。
\(L_\infty\)ノルムと\(H_\infty\)ノルム
虚軸上で有界な行列関数\(G(j \omega)\)の全体を\(L_\infty\)と書き、\(L_\infty\)でのノルムを\(L_\infty\)ノルムといい、式(1)で与える。$$\|G\|_\infty = \sup_{0 \leq \omega \leq \infty} \bar{\sigma} \{G(j \omega)\} \;\;\; \cdots (1)$$虚軸上に極を持たないプロパーな有理行列関数\(G(s)\)全体は\(L_\infty\)の特別な場合で、\(RL_\infty\)と書く。
複素開右半面で解析的な関数\(G(s)\)の全体を\(H_\infty\)と書き、\(H_\infty\)でのノルムを\(H_\infty\)ノルムといい、式(2)で与える。$$\|G\|_\infty = \sup_{\text{Re}(s) \gt 0} \bar{\sigma} \{G(s)\} \;\;\; \cdots (2)$$ \(H_\infty\)ノルムは\(H_2\)から\(H_2\)への作用素ノルムとして、$$\|G\|_\infty = \sup_{x \in H_2} \frac{\|G x\|_2}{\|x\|_2}$$として定義できる。安定でプロパーな有理行列関数\(G(s)\)全体は\(H_\infty\)関数の特別な場合で、\(RH_\infty\)と書く。この場合、虚軸上に極がないので、式(2)の\(H_\infty\)ノルムは、式(1)の\(L_\infty\)ノルムと一致する。
リッカチ方程式
\(A(n \times n)\)を実正方行列、\(R,\;Q\)を実対称行列とする。このとき式(3)のリッカチ方程式の実対称行列解\(X(n \times n)\)を考える。$$XA + A^T X + XRX + Q =0 \;\;\; \cdots (3)$$この解のうち、\(A_X = A +RX\)を安定にする\(X\)を式(3)の安定化解という。また、式(3)に対応させて、ハミルトン行列を式(4)のように定義する。$$H_X = \begin{bmatrix} A & R \\ -Q & -A^T \end{bmatrix} ,\;\;(2n \times 2n)\;\;\; \cdots (4)$$ \(H_X\)の固有値を\(\lambda\)とすると\(-\lambda\)も固有値となる。よって、\(H_X\)が虚軸上に固有値を持たなければ、\(H_X\)は\(n\)個の安定な固有値と\(n\)個の不安定な固有値を持つ。\(A_- (n \times n)\)を安定な固有値(固有値の実部が負)を持つ実行列として、対応する\(H_X\) の固有ベクトル\(X_1,\;X_2\)により、\(n\)本の固有方程式を式(5)のようにまとめる。$$H_X \begin{bmatrix} X_1 \\ X_2 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} X_1 \\X_2 \end{bmatrix} A_- \;\;\; \cdots (5)$$このとき、\(X_1(n \times n)\)が\(\text{det}|X_1| \neq 0\)(\(X_1\)が正則ということ)を満たせば、\(H_X \in \text{Dom}(\text{Ric})\)(\(\text{Dom}\)は定義域の意味)と表現し、\(\text{Ric}(H_X) = X_2 X_1^{-1}\)と定義する。式(3)の安定化解は、$$X = \text{Ric}(H_X)$$と求められる。
式(3)と\(A_X = A +RX\)より、$$\begin{bmatrix} A & R \\ -Q & -A^T\end{bmatrix}\begin{bmatrix} I \\X \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} I \\ X \end{bmatrix} A_X$$とまとめられる。式(3)に安定化解があれば\(A_X\)は安定で、\(X_1 =I\)(\(\text{det}|X_1| \neq 0\))から、\(H_X \in \text{Dom}(\text{Ric})\)である。
伝達関数のインナー・アウター分解
伝達関数のインナー変換は、\(H_\infty\)制御において重要な概念であり、伝達関数を行列の積に分解する手法の一つである。この分解によって、システムの性質を理解し、制御器設計を効率的に行うことができる。インナー変換は、伝達関数を「インナー関数」と「アウター関数」の積に分解する。
ユニタリ行列
ユニタリ行列\(U\)は、次の条件を満たす \(n \times n\)の複素正方行列$$U^* U = UU^* = I$$・\(U^*\)は、\(U\)のエルミート転置(共役転置)を表す。つまり、\((U^*)_{ij} = \overline{U_{ji}}\)
・この式は、ユニタリ行列の随伴行列がその逆行列に等しいことを意味する。
*インナー関数:インナー関数は、複素平面の右半平面(\(\text{Re}(s) \gt 0\))において解析的(正則)であり、虚数軸上でユニタリ(または等長)となる伝達関数である。つまり、インナー関数 \(U_i(s) \in RH_\infty\) は、以下を満たす。
・右半平面で解析的(正則)
・\(U_i^T(-s) U_i(s) =I\) である。 ここで、\(U_i^T(s)\)は\(U(s)\) の随伴行列(共役転置)を表す。
インナー関数の重要な性質は、システムに影響を与えないという点で、インナー関数をシステムに掛け合わせても、システムの「大きさ」は変わらない。これは、周波数領域で考えると、インナー関数は入力信号のエネルギーを保存する変換(オールパス特性)で\(U_i^T(-j\omega) U_i(j \omega) =I\)である。
*アウター関数:アウター関数は、複素平面の右半平面において解析的であり、かつ右半平面内で零点を持たない伝達関数である。つまり、アウター関数は最小位相系である。
アウター関数の重要な性質は、逆関数も安定である可能性があるということで、この性質は、制御器設計において重要となる。
*インナー・アウター分解:任意の伝達関数\(G(s)\)は、インナー関数\(U_i(s)\)とアウター関数\(U_o(s)\)の積として一意に分解できる。
$$G(s) = U_o(s)U_i(s),\quad G(s) = U_i(s) U_o(s)$$どちらの分解も存在し、文脈によって使い分けられる。この分解によって、伝達関数の性質を以下のように分離して考えることができる。
アウター関数\(U_o(s)\): システムのゲイン特性に影響を与える。
インナー関数\( U_i(s)\): システムの位相特性や零点・極の配置(特に右半平面の零点)に影響を与える。
インナー変換
右半平面に零点を持つ典型的な場合を含み、伝達関数\(G(s)\)をフィードバックとゲインの調整によってインナーに変換することをインナー変換という。零点はフィードバックのよって不変なので、インナー変換のためには、\(G\)の極をフィードバックによって、\(G\)の不安定零点の虚軸に対する鏡像値に移動すればよい。
[例]$$G=\frac{s-2}{s-1} \Longrightarrow U_i = \frac{s-2}{s+2}$$
\(G(s)=\{A,B,C,D\}\)において、\(D\)は列フルランク、\((A,\;B)\)は可安定、\(G(s)\)は虚軸上に零点を持たないとする。すると、$$P(A-BD^{\#}C) + (A-BD^{\#}C)^{T}P - PBE^{-1}B^{T}P + (D^{\perp}C)^{T}D^{\perp}C = 0\;\;\; \cdots(6)$$ただし、\(E = D^{T}D\) である。また、\(D(m \times p)\)が縦長(\(m \geq p)\)でフルランクの場合、疑似逆行列を\( D^{\#} = (D^{T}D)^{-1}D^{T}\)、また、\(D^{\perp}\)は、$$\begin{bmatrix} D^{\#} \\ D^{\perp} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} D & (D^{\perp})^T\end{bmatrix} = I_m$$を満たす\(D\)の正規直交成分と定義する。このとき、常に安定化解\(P \geq 0\)を持つ。よって、$$F = -D^{\#}C - E^{-1}B^{T}P \;\;\; \cdots(7)$$とおくと、$$A_F = A+BF$$は安定となる。このとき、$$ \left[\begin{array}{c|c} A+BF & B \\ \hline C+DF & D \end{array}\right]E^{-1/2} \;\;\; \cdots(8)$$は一つのインナーになる。
[例]\(G(s) = (s-2)/(s-1)\)のインナー変換を求める。
$$G(s) = \frac{s-2}{s-1} = 1-\frac{1}{s-1}$$より、\(A=1,\;B=1,\;C=-1,\;D=1\)となる。よって、$$D^{\#} = (D^{T}D)^{-1}D^{T} =1,\;D^{\perp} =0,\;E=D^T D = 1,\; A-BD^{\#}C = 2$$なので、式(6)は、$$2P+2P-P^2=0$$となる。\(G(s)\)の零点は2で虚軸上にない。\(P\)の半正定解は、\(P=4,\;P=0\)であるが、\(P=4\)は、\(F=-D^{\#}C - E^{-1}B^{T}P = -3\)なので、\(A_F = A+BF = -2\)とする安定化解である。式(8)より、$$ \left[\begin{array}{c|c} -2 & 1 \\ \hline -4 & 1 \end{array}\right]1^{-1/2} = \left[\begin{array}{c|c} -2 & 1 \\ \hline -4 & 1 \end{array}\right]$$ これより、$$\dot{x} = -2x+ u,\quad y=-4x+u$$なので、$$U_i =\frac{s-2}{s+2}$$が求まる。
インナー・アウター分解
伝達関数\(U_o(s) \in RH_\infty\)は横長で右可逆、すなわち、$$U_o(s)M(s) =I$$を満たす\(M \in RH_\infty\)が存在すればアウターと呼ばれる。従って、アウター\(U_o(s)\)の極と零点は開左半面にあり、正方なアウターはユニモジュラとなる。
特に、安定・プロパーな伝達関数\(G(s) (m \times p) \in RH_\infty\)を$$G(s) = U_i(s) U_o(s) \;: \; U_i\;(m\times r),\; U_o\;(r \times p)$$のようにインナー\(U_i\)とアウター\(U_o\)に分解することをインナー・アウター分解という。\(m \geq r,\; r \leq p\)でなくてはならない。
[例]スカラーの場合を例にとると、$$G = \frac{s-3}{s+5} = \frac{s-3}{s+3} \cdot \frac{s+3}{s+5} = U_i \cdot U_o$$のように、\(G\)の不安定零点の鏡像値を\(U_i\)の極となるように\(U_o\)を選ぶ変換である。
伝達関数\(G(s) =\{A,B,C,D\}\)において、\(D\)は列フルランク、\(A\)は安定、\(G(s)\)は虚軸上に零点を持たないとする。すると、式(6)は安定化解\(P \geq 0\)を持ち、このとき、式(7)の\(F\)を使うと、$$U_i = \left[\begin{array}{c|c} A+BF & B \\ \hline C+DF & D \end{array}\right]E^{-1/2} ,\quad U_o = E^{-1/2} \left[\begin{array}{c|c} A & B \\ \hline -F & I \end{array}\right] \;\;\; \cdots (9)$$とおくと、\(G\)のインナー・アウター分解を得る。$$G(s) = U_i(s)U_o(s) \;:\; U_o,\; U_o^{-1} \in RH_\infty$$
[例]\(G(s) = (s-3)/(s+5)\)のインナー・アウター分解を求める。
$$G(s) = \frac{s-3}{s+5} = 1-\frac{8}{s+5}$$とおけるので、\(A=-5,\;B=1,\;C=-8,\;D=1,\;D^{\#} =1,\;D^{\perp}=0,\;E=1\)となる。よって、式(6)は\(6P-P^2=0\)となり、\(P=6 \gt 0\)が安定化解で\(F=2\)となり、\(A + BF = -3\)を得る。式(9)より、$$U_i = \frac{s-3}{s+3},\quad U_o =\frac{s+3}{s+5}$$である。