8-1. ラグランジュ力学

ラグランジュ力学は、ニュートン力学をより一般化し、洗練された数学的表現で記述する手法 で、特に、複雑な系(剛体、電磁場、相対論、量子力学) に適用できる強力なフレームワークである。

ラグランジュ力学の基本

一般化座標

ニュートン力学では、デカルト座標 \((x,y,z)\)を用いるが、ラグランジュ力学では一般化座標 \(q_i\)を導入する。運動を表現できる座標は直交座標に限らない。 極座標でも良いし、剛体の運動なら各質点の直交座標変数より重心座標や相対座標を用いるほうが便利なときもある。 これらの新しい座標の変数について共通なことは、直交座標変数の関数として表せ、その間には1対1対応の関係が成り立っている。このような新しい座標を総称して一般化座標と呼ぶ。一般化座標の例として、極座標 \((r, \theta)\)や関節ロボットの回転角 \((\theta_1, \theta_2, \ldots)\)がある。また、一般化座標の時間微分は一般化速度 \(\dot{q}_i\)で表される。

運動エネルギー \(T\)とポテンシャルエネルギー \(U\)

ニュートン力学の運動エネルギーは、$$T = \frac{1}{2} m v^2$$で表せ、ポテンシャルエネルギーは、 重力の場合やバネ力の場合は、$$U = mgh \quad \text{(重力)}, \quad U = \frac{1}{2} k x^2 \quad \text{(バネ)}$$となる。
このときラグランジアンは、式(1)のように運動エネルギー\(T\)とポテンシャルエネルギー\(U\)の差で定義される。$$L = T - U \;\;\; \cdots(1)$$

オイラー・ラグランジュ方程式

最小作用の原理

最小作用の原理は、「ある物理系において、ある時刻\(t_1\)から\(t_2\)までの間の実際の運動経路は、同じ始点と終点を持ち、同じ全エネルギーを持つ全ての可能な経路の中で、作用と呼ばれる物理量を最小にする経路である。」と表せる。ここで、作用とは、物理系の運動状態を表す量で、通常、ラグランジアンと呼ばれる関数を時間積分することで計算される。作用 \(S\)は 式(2)のように定義される。$$S = \int_{t_1}^{t_2} L \, dt \;\;\; \cdots(2)$$最小作用の原理により、\(S\)が最小になるような運動が自然界で実現される。
作用を最小化すると、式(3)のオイラー・ラグランジュ方程式 が得られる。$$\frac{d}{dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} \right) - \frac{\partial L}{\partial q_i} = 0 \;\;\; \cdots(3)$$この方程式は、ニュートンの運動方程式と等価だが、座標変換に対して一般的に適用できる。

ニュートンの運動方程式とラグランジュの運動方程式

あるポテンシャル \(U\)から力を受ける2次元\((x,y)\)平面での質点を考える。 ニュートンの運動方程式は、式(4)となる。$$m\ddot{x} = F_x,\quad m\ddot{y} = F_y \;\;\;\cdots (4)$$ここで、右辺の力\(F_x,\; F_y\)は、ここではポテンシャルから受ける力を考えているので、 ポテンシャル\(U\) の偏微分で表せる。$$F_x = - \frac{\partial U}{\partial x} ,\quad F_y = - \frac{\partial U}{\partial y} \;\;\; \cdots (5)$$従って、ニュートンの運動方程式は、式(6)となる。$$m\ddot{x} = - \frac{\partial U}{\partial x} , \quad m\ddot{y} = - \frac{\partial U}{\partial y} \;\;\; \cdots (6)$$

一方、ラグランジアンは、質点の運動エネルギーを\(T\)、ポテンシャルエネルギーを\(U\)とすると、\(T-U\)がラグランジアンである。運動エネルギーは$$T = \frac{1}{2}m \dot{x}^2 + \frac{1}{2} m \dot{y}^2 = \frac{m}{2}(\dot{x}^2 + \dot{y}^2)$$で表せる。従って、ラグランジアンは、$$L=T-U = \frac{m}{2}(\dot{x}^2 + \dot{y}^2) -U$$である。運動エネルギー \(T\)は\(\dot{x}\)と\(\dot{y}\)にのみ依存し、 ポテンシャルエネルギー \(U\)は\(x\)と\(y\)にのみ依存している形になっている。 このことから、ラグランジアン\(L\)を\(\dot{x},\; \dot{y}\) で偏微分したものは \(T\)を\(\dot{x},\;\dot{y}\)で偏微分したものに等しくなる。$$\frac{\partial L}{\partial \dot{x}} = \frac{\partial T}{\partial \dot{x}} = m\dot{x} ,\quad \frac{\partial L}{\partial \dot{y}} = \frac{\partial T}{\partial \dot{y}} = m\dot{y} \;\;\;\cdots (7)$$同様に、ラグランジアンを\(x,\;y\)で偏微分したものは\(-U\)を\(x,\;y\)で偏微分したものに等しくなる。$$\frac{\partial L}{\partial x} = -\frac{\partial U}{\partial x} , \quad \frac{\partial L}{\partial y} = -\frac{\partial U}{\partial y} \;\;\; \cdots (8)$$ 式(7)より、$$m\ddot{x} = \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\right) ,\quad m\ddot{y} = \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{y}}\right) \;\;\; \cdots (9)$$となる。また、式(8)より、$$-\frac{\partial U}{\partial x} = \frac{\partial L}{\partial x} ,\quad -\frac{\partial U}{\partial y} = \frac{\partial L}{\partial y} \;\;\; \cdots(10)$$なので、 式(9),(10)を式(6)の運動方程式に代入すると、$$\frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\right) = \frac{\partial L}{\partial x} ,\quad \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{y}}\right) = \frac{\partial L}{\partial y} \\ \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}}\right) - \frac{\partial L}{\partial x} = 0,\quad \frac{d}{dt}\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{y}}\right) - \frac{\partial L}{\partial y}=0$$となり、ラグランジュの運動方程式となる。以上より、ニュートンの運動方程式とラグランジュの運動方程式が等価なものであることがわかる。このようにラグランジュの運動方程式では、加速度を直接方程式に含めなくてよく、また、どのような座標系でも同じ形になるという利点がある。

ラグランジュ方程式の例

自由落下する質点

一般化座標を\(q = y\)とする。このとき運動エネルギーは、式(11)となる。$$T = \frac{1}{2} m \dot{y}^2 \;\;\; \cdots (11)$$また、ポテンシャルエネルギーは、式(12)である。$$U = mgy \;\;\; \cdots(12)$$従って、ラグランジアンは、式(13)となる。$$L = T - U = \frac{1}{2} m \dot{y}^2 - mgy \;\;\; \cdots (13)$$よって、オイラー・ラグランジュ方程式は、式(14)となる。$$\frac{d}{dt} \left( m \dot{y} \right) - (-mg) = 0 \\ m\ddot{y} = -mg \;\;\; \cdots(14)$$これは、ニュートンの運動方程式と一致する。

単振り子

一般化座標を\(q = \theta\)(角度)とする。このとき、運動エネルギーは、式(15)となる。 $$T = \frac{1}{2} m l^2 \dot{\theta}^2 \;\;\; \cdots (15)$$また、ポテンシャルエネルギーは、式(16)である。$$U = -mgl \cos\theta \;\;\; \cdots (16)$$従って、ラグランジアンは、式(17)となる。$$ L = T - U = \frac{1}{2} m l^2 \dot{\theta}^2 + mgl \cos\theta \;\;\; \cdots (17)$$よって、オイラー・ラグランジュ方程式は、式(18)となる。$$ \frac{d}{dt} \left( m l^2 \dot{\theta} \right) - \left( -mgl \sin\theta \right) = 0 \\ ml^2\ddot{\theta} + mgl \sin\theta = 0 \\ \ddot{\theta} + \frac{g}{l} \sin\theta = 0 \;\;\; \cdots (18)$$これは単振り子の運動方程式になる。

ラグランジュ方程式の対称性と保存則

ラグランジュ方程式は、系の対称性と密接な関係があり、対称性がある場合には、対応する保存則が存在し、ネーターの定理として知られている。ネーターの定理は、「ある変換(ある作用)に対して系のラグランジアンが対称性を持つならば、その対称性に対応する保存量が存在する。」ということを主張している。対称性とは、ある変換(例えば、座標の並進や回転)に対して、系のラグランジアンが変化しないことを言い、保存則とは、時間とともに変化しない物理量(例えば、エネルギー、運動量、角運動量)が存在することを言う。
具体的には以下が挙げられる。
・並進対称性:空間並進に対してラグランジアンが対称性を持つ場合、運動量が保存される。
・回転対称性:空間回転に対してラグランジアンが対称性を持つ場合、角運動量が保存される。
・時間並進対称性:時間並進に対してラグランジアンが対称性を持つ場合、エネルギーが保存される。

ネーターの定理の導出
ラグランジアン \(L(q, \dot{q}, t)\)を用いた作用積分 を考える。$$S = \int_{t_1}^{t_2} L(q, \dot{q}, t) dt$$このとき、最小作用の原理より、変分 \(\delta S = 0\)を満たすような運動が実現する。ネーターの定理では、作用 \(S\)を不変にする微小変換 を考える。$$q_i \to q_i' = q_i + \epsilon f_i(q, t)$$ここで、\(\epsilon\) は無限小の定数、また、\(f_i(q, t)\)は座標\(q_i\)の関数で系の対称性を表す。このとき、速度も変換されるので、$$\dot{q}_i \to \dot{q}_i' = \dot{q}_i + \epsilon \frac{d}{dt} f_i(q, t)$$である。この変換により、ラグランジアンが微小変化すると仮定する。$$L(q', \dot{q}', t) = L(q, \dot{q}, t) + \epsilon \frac{dF}{dt}$$ここで\(F(q, t)\)は任意の関数である。つまり、ラグランジアン自体は厳密には不変でなくても、全微分の形でのみ変化することを許す。
作用の変化を考えると、$$\delta S = \int_{t_1}^{t_2} \left[ \sum_i \left( \frac{\partial L}{\partial q_i} \delta q_i + \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} \delta \dot{q}_i \right) + \frac{dF}{dt} \right] dt$$ここで、\(\delta q_i = \epsilon f_i(q, t), \quad \delta \dot{q}_i = \epsilon \frac{d}{dt} f_i(q, t)\) を代入すると、$$\delta S = \epsilon \int_{t_1}^{t_2} \sum_i \left[ \frac{\partial L}{\partial q_i} f_i + \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} \frac{d}{dt} f_i \right] dt + \epsilon \int_{t_1}^{t_2} \frac{dF}{dt} dt$$ここで、最小作用の原理により、\(\delta S = 0\)でなければならないので、$$\sum_i \left[ \frac{\partial L}{\partial q_i} f_i + \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} \frac{d}{dt} f_i \right] + \frac{dF}{dt} = 0$$ここで、オイラー・ラグランジュ方程式$$\frac{d}{dt} \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} - \frac{\partial L}{\partial q_i} = 0$$を代入すると、$$\sum_i \left[\left(\frac{d}{dt} \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i}\right) f_i + \frac{\partial L}{\partial \dot{q_i}} \frac{d}{dt} f_i \right] + \frac{dF}{dt} = 0$$よって、$$\frac{d}{dt} \left( \sum_i \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i} f_i + F \right) = 0$$である。これは、次の保存量の時間微分がゼロであることを意味する。$$Q = \sum_i p_i f_i + F$$ここで、\(p_i = \frac{\partial L}{\partial \dot{q}_i}\) は一般化運動量である。
以上より、「ラグランジアンがある対称変換に対して不変なら、それに対応する保存量が存在する」つまり、$$\frac{dQ}{dt} = 0$$が成り立ち、\(Q\) は保存量(一定の値を持つ物理量) になることが分かる。